滝の本、ご紹介はずいぶん久しぶりになります!
前の記事で今年の滝活動としてやりたいことに、「滝文化」を深掘りしたいということを書きましたが、この本はその可能性を大いに示唆してくれる、とても貴重な、わたしにとってバイブル的な本になります。
●『図説滝と人間の歴史』 ブライアン・J. ハドソン著 鎌田浩毅監修・田口未和訳●
2013年刊/原書房
この本を手にとったきっかけは、横尾忠則さんの朝日新聞の書評でした。
横尾さんといえば、滝の絵をたくさん描いていらっしゃるし、滝のポストカードを収集されていることでも知られています。滝の文化としてのパワーを深く理解されているお方です。
記事はデジタルでも残っていました!
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2014022300011.html
ここで横尾さんも「滝の研究書が国内で出版されるのは大変珍しい」と書かれているように、本当に少ない。写真集は結構あるんですけどね、それだけ日本において滝という対象はあまり網羅的に研究されていないっていうことなんですね。
この本の目次はこんな感じ。
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滝の愛好家と滝行き
滝の一生―誕生から消滅まで
滝の魅力
美、崇高、ピクチャレスク
情熱の滝、愛の泉
楽園と天国
滝と創造性―文学と芸術
滝と創造性―新たな傾向
デザインされた風景
水力と人間の居住
滝と観光
失われ、損なわれ、脅かされる滝
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滝そのものの成り立ちについて書かれているのは序盤の一部。どこにどんな滝があって…という絶景ガイドブック的な要素も全然なくて、とにかくいかに人間が滝と共存してきたのか、という。まさに「滝文化」ど真ん中の内容なのです。
わたしの滝活動のフィールドはほとんどが日本。海外もナイアガラとクロアチアのプリトヴィッツェ、ハワイやオーストラリアなどはあるのですが、海外の滝事情というには詳しくありませんでした。日本における滝と、世界における滝、文化として違うところもあるけれど、人間がなぜ滝に惹かれるのか、という根本は一緒だなあと思います。この本はその根本部分をあらゆる角度から深掘りしてくれています。
著者のハドソンさんはオーストラリアの土木工学研究者ってことなんですが、教養の幅が半端ないです。特に芸術分野はすごい。「ゲーテは滝を人間の命の象徴として使うことが多かった、例えばファウスト」とか、「滝をテーマにしたワーズワースの詩はこれ」とか。あるいは、「滝をテーマにした音楽はこんなのがあるよ」とか。なんでこんなに「滝にまつわる○○」という切り口で幅広く調べられたんだろう、と単純に物知りぶりにびっくりしちゃいます。
刺さりまくったポイントは数あれど、その中から二つ紹介したいと思います。
まず一つ目、「滝のどこに人は魅せられるのか」ということについて。
18世紀のイギリスのエドマンド・バークが著した「崇高と美の観念の起源」からの考え方を引用しているところです。バークは「フランス革命の省察」という著書で有名な政治家。この本は政治家として有名になる前に記していた美学論考なんですが…
彼の考えに沿って、滝の魅力を「崇高」と「美」の2つに分けて論じているのです!
崇高とは「大きく、荒々しく、喜びを伴うある種の恐怖、恐怖が混じったある種の平穏さ」。
対して、美とは「小ささ、調和、柔らかさ、静謐さ、平穏さ、幸福感」のこと。
人が滝に魅せられる時というのは、どちらかの要素なのだというのです。
引用:「暗さ、陰鬱さ、曖昧さは、すべて崇高さと結びつく要素で、光は美しさと結びつく。滝は暗く陰鬱な渓谷に見つかることが多く、多くの場合、鬱蒼と茂る植物に隠されているが、白い水は光を非常に効果的に反射し、差し込む光の筋がその光景を明るく照らし、周囲の影と好対照を作る。動きのある水の表面はきらめき、水しぶきの中に虹ができることもあり、その鮮やかでまばゆいばかりのいろが混じり合い、バークの挙げる美の特徴とぴったり重なり合う」
これには、確かにー!!と納得しました。
でもこの区別って、今まではっきりと意識したことはなかったなあ、と。この考え方でいうと、私はどちらかというと崇高さのある滝よりは、美しい滝の方が好みです。でも、たまにこの崇高さと美が奇跡的に結びついているような滝があって、そういう滝に出会ってしまったりすると、もうなんというか、感動が止まらなくて大変なことになるわけですねぇ!
そしてもう一つのポイントが、後半の「滝と観光」の部分です。
わたしも、日本の滝めぐりをしていて、観光が行きすぎてしまった滝に出会うと残念な気持ちになることがしばしばあります。滝が大好きだからこそ、滝の魅力が多くの人に知られて人気が出ることは嬉しくもあり、そのことが滝を破壊してしまうことがある、というジレンマです。
それは世界の滝でも同じようなことがずっと指摘されてきていたんですね。
引用:
「滝を脅かす深刻な問題はその「人気」であることが多い。ジャマイカのダンズリバー・フォールズほどそれが顕著に表れているところもないだろう。商業化が進まなくても、大勢の人が集まるだけで滝へ訪れる楽しみが奪われるかもしれない。大勢の観光客と結びついた問題としては、他にも歩行路とその周辺の土地の侵食、植物への被害、野生動物への悪影響、ゴミ、落書き、騒音その他の公害である」
滝にとって、脅威は人気…
これはなかなか難しい問題で、解決策までは示されていません。
でも、かつてナイアガラの滝が辿った行きすぎた商業化があって、その破壊とも思える開発への怒りが、アメリカでその後ヨセミテをはじめとしての国立公園運動の盛り上がりにつながったという経緯があるそうです。
だから必ずしも、観光地になったからといって破壊につながるわけじゃない。ちょうどよい付き合い方ってきっとあるはず!
滝と観光のあり方、滝を愛する者としては、この視点はいつも持っておきたいなあ、と改めて心に刻みました。
とにかく圧倒的な熱量の本で、何度読んでも味わい深い。膨大な各地の事例、世界の人々が滝についてどう捉えてきたかを知るのにうってつけの本。日本ではこうした「研究」があまりされていないので、これからコツコツわたしも研究できたらいいなと思います。
ちなみに、この本を監修されている鎌田浩毅先生は京大の地学の先生で、彼の本も何冊も愛読しています。地学の専門家でいらっしゃりながら、文化の方にも造詣が深い方です。鎌田先生にいつか滝の本も書いて欲しいな!