【熊野と滝文化シリーズ・2】「火の滝」お燈祭りと縄文の心

【熊野と滝文化シリーズ・2】「火の滝」お燈祭りと縄文の心

熊野と滝文化シリーズ、その2、です!
【熊野と滝文化シリーズ・1】南方熊楠にハマる滝ガール

以前、訪れたことのある神倉神社。

崖に突き出たように鎮座する大きな岩がシンボル(というかご神体)となっている神社です。

どーん。

神倉山の山頂にある神社にお参りするには、この急&ランダムな石段を登らなくてはいけません。合計538段、ハードです!

新宮市街を一望できます。

ここでは一年に一回、変わったお祭り、しかも今でも超盛り上がるお祭りがあると聞いていました。

その名も、

「お燈まつり」

1400年以上も歴史があって、昨年2016年には国の重要無形民俗文化財に指定されています。
毎年2月6日、白装束に荒縄を締めた「上り子(のぼりこ)」と呼ばれる男子(女子はダメ)がこの神倉山のてっぺんに2000人以上が集まり、そこから火のついた松明を持って急峻な石段を駆け下りてくるというお祭りだそうです。

あの階段を…?? 一度登ったことあるからわかったのですが、あそこを火を持って駆け下りるとか、超〜怖いです。しかも神倉山のてっぺんのスペースって、そんなに広くないので、2000人があそこに集まるのも信じられない。

でも新宮在住者の多い「くまの・川遊び部」のメンバーの皆さまも、この「おとう」、毎年かなり楽しみにしている様子。昨年夏に新宮を訪れた時にも、その面白さについて聞いていたところです。

誰でも参加できるオープンなお祭りということで新宮だけじゃなくて県外の方や観光客も交えて男たちが「燃える」日なのだそうです。

そのことが新宮節には…

「お燈まつりは男のまつり
   山は火の滝、下り竜」

と唄われているそうです。

むむ!!

火の滝!!!

それは滝ガールとしては、聞き捨てならない。

火と水は真逆なもの。それが滝に例えられるとは、どういうことなんだろう。あああ、気になる。

男のまつりということだから、女はきっと蚊帳の外な気もするけれど、それはもう仕方ないです。一体どんなお祭りなんだろう、2月6日かあ…いつか見に行けるかなあ…と思っていたのですが。

タイミングあって、いきなり今年、見に行くことができちゃいました。

こちらでも紹介した、那智二の滝、三の滝の神秘ツアー(那智の滝の上流へ!二の滝・三の滝ツアーレポート)とのセットで訪ねてきましたよ。

火の滝、こういうことかー!ってなりました。
そのレポートをこちらでもしたいと思います。

☆☆☆

まずはお燈まつりに出かける男たちの様子と街の雰囲気を、肌で感じました。

白装束の男子たちが、お互いに縄を巻きあいます。

ずらずら。

山に上る前に、まずは、いくつか神社に参拝します。

白装束の男子たちは、こうしてすれ違う時に、
「たのむでー」「たのむでー」と声を掛け合いながら、まだ火のついていない松明をガチンガチンとぶつけ合います。

訳も分からず、3歳くらいの男の子もやってたりして、これはなんとも微笑ましい。新宮っ子なんでしょうね。立派に男として見なされています。

全体的にソワソワした、特別な空気。これぞ、「お祭り」だよな、っていう、感じの町の雰囲気です。

だんだん薄暗くなってきて、いよいよ彼らは神倉山へと向かいます。

わたしたちは、ここでお見送り。男性たちとは、一旦お別れです。

そのあと女性陣は、近くの体育館で開催されている講演会にちらっと参加。「お燈まつりは男の祭りですが、男女それぞれに役割があるんですよ」というお話も。

そして、ここから山が眺められる特等席へ!
(なんとありがたいことに神倉山がよく見えるお宅のお部屋を貸していただきました! 外で見物するのはかなり寒いので)

山の麓まで、「ウォーウォー」って聞こえてくるんですよ。すごい雄叫び。

しばらくすると…

山が燃え始めましたー!!!

もちろん実際は、山は燃えてません。各人が持っている松明に点火されたということなんですね。ますます、雄叫びは大きくなります。山のなかの人々の高揚が麓にまで伝わってくるようでした。

そして、大きな火の塊が、小さな列になって動き出します。

扉が開いて、男たちが駆け出したという証拠です。

まさに「火の滝」です!
火の滝が、流れ出しました!

慌てて、わたしたちもお迎えに。

火の滝が最後に流れ落ちるのは、麓の太鼓橋付近です。道の両側にお迎え(主に女性たち)がずらりと並んでいます。その真ん中を駆け下りてきた男たちが次々に通っていくのです。


かなり煤けてるけど、みんなどこか誇らしげで、生命力に満ちた表情をしていたのが印象的でした。

自然の中で一度死んで生まれ変わる、「擬死再生」の儀礼と言われていることに、妙に納得してしまいました。やっぱり女性とはいえ、自分自身も煙に燻されながら目の当たりにしたことで感じるものは大きかった。迎える側にでさえ、なんだかグッと来るものがありましたから。

太陽の象徴、エネルギーの塊である「火」が「水」のように勢いをまとって流れてくる。そう思うと、この「火の滝」とは、究極の生命力の象徴ともいえるかもしれません。火を持って山を駆け下りてくる、言葉にしてしまうと単純なことかもしれませんが、原始的な感動を呼び起こしてくれます。

火の滝を眺めながら、お祭りの原型って、きっとこういうところなんだなあ、と思わされました。これが廃れずに残っている熊野もすごいなあ、とも。

少し話は変わりますが、人気漆作家の赤木明登さんも、このお燈まつりには毎年参加されているそうです。なぜかというと、このお祭りには「縄文」の心があるから。自然との共生、そして死と再生のループ。そんな話を以前インタビューした際に伺っていたことがありました。赤木さんは縄文土器の研究をされているので、かなりお詳しいのです。

そして確かに、わたしも実際、このお燈まつりに息づく「縄文」の精神を肌で感じることができました。

お燈まつりの起源は1400年前という記録があるそうですけど、多分もっともっと前、古代から日本人は自然物や自然現象の中に、崇敬する何かを感じ取っていて、「死と再生」をテーマにしたこうした儀式を続けてきていたはずで。

そういう縄文的要素が今も色濃く残っている土地が、熊野。
その理由をまだわたしはよく理解できていないけれど、熊野と滝文化を追いかける上でも大切になってくるテーマだと思うので、引き続き意識していこうと思います!

☆☆☆おまけ
後日、この映画のおかげで、お燈まつりの最中、火に包まれた山の中がどんな雰囲気なのか垣間見ることができました。あああ、やっぱり火の滝は眺めるだけじゃなくて、火の滝の一部になりたい!! 1日でいいから男子に生まれ変わってみたくなりました。

映像歳時記「鳥居をくぐり抜けて風」 https://saijikifilm.com/
こちらも熊楠関連で出会った映画ですが、熊野の風を存分に味わえる素晴らしい映画でしたよ。